いわゆる「感性」の話

最近安心を求めて同じアーティストばかり聴いてしまった反省に書く。

d.hatena.ne.jp

読書についての記事なんだけど音楽にも通じる示唆がある。以下引用。

間違った方法でいくらハードトレーニングをしても、スポーツ選手としての成長はないように、

間違った方法で何千冊読書しても、思考も見識も洞察もたいして深まらない。

最小の努力で最大の筋力を得られる筋力トレーニングがあるのと同じように、

最小の努力で最大の見識を得られる読書スタイルというものがある。

実際、たくさん本を読んでいるのに空回りばかりしている人はよくいるし、

ほんの数冊の本を読んだだけで、驚くべき成長をする人もいる。

その違いは、具体的にはどこにあるのだろうか?

ここで重要なのは、文章に出てきた全ての登場人物や作者の情動を、並列に、あるいは、切り換えながら自分の脳内で血が出るほど誠実にシミュレートすることだ。自分の好きな登場人物や作者の情動の、感情移入しやすい部分だけシミュレートするのは、ただの精神的自慰行為にすぎない。自分がむかついたり反発を感じる作者や登場人物の身体、立場、気持ちになりきって、そこから見える世界を味あわなければならない。 

そもそも、他人の異質な情動を自分の情動の中に食い込ませるから異種混交が起きて自分の精神が豊饒になって成長していくのであって、過去の自分の情動の自動再生ばかりやっていては、自分の精神は単線化し、貧しいままになってしまう。

 

「そもそも、他人の異質な情動を自分の情動の中に食い込ませるから異種混交が起きて自分の精神が豊饒になって成長していくのであって」

「過去の自分の情動の自動再生ばかりやっていては、自分の精神は単線化し、貧しいままになってしまう。」

 この言葉は非常に大切です。お気に入りの曲を聴いている瞬間というのはなんとも素敵な気分になれますが、それだけじゃあなたは一生あなたのままなわけで。大事なのは自分の感性と曲との衝突を見逃したり、逃げたりしないことです。今の自分に逆らって聴くからこそ、新しい変化が生まれるのです。

 

残念なことに多くの人の持つ元々の感性というものは全く大したことがなく、さらに残念なことにあなたがその例に漏れないのだとすると、その全く大したことがない感性故に、後生大事に抱えている数少ないお気に入りの曲すらまともに評価できてないことになってしまいます。これはとんでもない悲劇です。

あなたは人生で白米しか食べて来なかったかもしれないのです!それを世界一美味しいものだと勘違いしながら!

 

なんだか曖昧な存在の気がする「感性」ですが、磨けばガンガン光ります。多くの人が想像するのと異なる事実なのですが。

で、あなたはその曖昧さを利用し「ひょっとすると自分の感性というのはそんなに悪くないんじゃないか」なーーーんて勘違いをしてきたのではないですか?

断言します。この記事を読んでいる人の100人に99人、つまり「あなた」の感性は大したことがありません。磨いていないものが光るはずないのですから。

 

偉そうに書きましたが僕だって本当にまだまだです。そんなまだまだな僕の話でしたが少しでも思い当たる節があったならどんどん音楽聴きましょう。いろんなジャンル聴きましょう。その先にはきっと違う景色、違う世界、そして違うあなたが見つかるはずです。